介護士としての体験談-Mさんの日課

私が勤めていた有料老人ホームにMさんという80代の女性が入居されていました。膝が悪いことと認知症があること以外はお元気な方です。

 

洗濯物を畳むお仕事や、タオルを巻くリハビリなども自分から「させて下さい」と参加されます。膝が悪いので車いすを使用されていましたが、自操して施設内を行き来されていました。

 

Mさんには日課があります。それは、夕方16時を過ぎると必ず荷造りをすることです。タンスの中のものをボストンバッグにつめて、Mさんは一所懸命に車いすを自操します。

 

「お世話になりました。家へ帰ります。また明日よろしくお願いします」

丁寧に頭を下げて、Mさんは出口へ向かいます。いわゆる帰宅願望の表れです。

 

「Mさん!もうすぐご飯だから、食べてってよー!」

職員はみんな慣れていますから、すかさず声をかけます。すると人のいいMさんは素直に食堂に戻って

「晩御飯頂けるんですか?ありがとう」

とにっこり笑ってくれるのです。

 

晩御飯を食べて就寝介助がすむと、Mさんのもう一つの日課が始まります。それは、夜勤の職員にお菓子を出してもらうことです。

 

「お腹空きました。何か食べさせて下さい」

Mさんにこう言われた時には、Mさん用のお菓子を出して差し上げることになっています。Mさんはお菓子を食べると満足して眠りにつくのです。

 

Mさんは事情があってご自宅へは帰れません。ご自分では施設に「働きに来ている」と思っておられます。ですから夕方「仕事が終わったので」、帰宅しようとするわけです。

 

Mさんは「仕事」をとても楽しそうにして下さいます。しんどいとも今日は嫌だとも言いません。他の入居者さんとも職員とも顔なじみです。ご家族の方も頻繁に面会に来て下さいます。

それでもMさんの本当の願いは「家に帰る」ことなのだと思うと、共感する反面、何だかしんみりしてしまうのです。